2014年2月23日日曜日

演劇学ってなあに?

2007年から2013年度まで、実践女子大学で演劇学という講座を担当してきました。
ところで、演劇学って?
と私自身、疑問に思うので、演劇学について簡単に考察してみます。

演劇、という言葉からまず連想するのは、おそらく「芝居」だろうと思います。
しかし、演劇学 Theatre Studies では、もっと広い範囲の芸術をさします。

演劇という語の元になっている英語の Theatre には、劇場という意味が含まれます。
そのため、英語での演劇学 Theatre Studies は、劇場において演じられる芸術・芸能すべてを包括するわけです。

以下に、Theatre Studies がカバーする範囲の芸術を列挙してみましょう。

芝居 PLAY: いわゆる台詞劇 Straight Play 
ギリシャ劇・イプセン・チェーホフ・シェイクスピア・井上ひさし・坂手洋二等々、台詞が主体でストーリーが紡がれていくもの。

ミュージカル Musical Theatre: 
歌とダンスが娯楽の最大のポイントになっている、ストーリーのある劇。歌では裏声やオペラ的な歌声は極力避け、地声がメイン。

オペラ Opera:
オペラ用の発声で歌う歌を聴く・聴かせることが娯楽の最大のポイントになっている、ストーリーのある劇。
19世紀のグランド・オペラが最高峰となっているが、18世紀のモーツァルトものは根強い人気。新作は現代音楽や実験的なものが多い。 

ダンス Dance, Ballet:
踊りだけで、言葉を挟まないのが普通。
クラシカル・バレエはストーリー性が重視されるが、現代舞踊にはストーリー性の無いものも多い。
新国立劇場バレエ研修所では、三輪えり花は台詞のあるバレエを作らせて頂き、既存ジャンルが無いので、Theatrical Dance という新ジャンルを作りました。

能・狂言・歌舞伎 Noh, Kyogen, Kabuki:
一緒くたにしては申し訳ないが、日本の伝統芸能。
ポイントは、歌と踊りとストーリー性があること。

各地の伝統芸能 Folk Theatre:
各国各地の伝統芸能。人形劇やダンスだけのものも含む場合がある。

サーカス Circus:
円形の劇場で動物やアクロバットと共に観客を楽しませるイベント性の高い娯楽。全体を通してのストーリーは重要ではなく、一つ一つのアトラクションを見せる形式。

シアトリカル・コラボレーションTheatrical Collaboration:
音楽家や立体芸術家の主導で、戯曲というストーリーを持たずに、新しい形の芸術の融合を求めて、人間の声と肉体とを音楽やアートと絡めてライブで表現するコラボレーション。

大道芸 Street Theatre:
街中の道路や広場で、演じるアクロバットやジャグリング。
ストーリー性は無い場合が多い。

*******

ここで混乱します。

劇場ではないところで見せる大道芸が入ってきています。
オペラも混乱します。
オペラが演劇学に入るのなら、他の歌のある音楽はどうなの?

そこで演劇という概念を大きく変えた一文をご紹介します。

I can take any empty space and call it a bare stage.  A man walks across this empty space whilst someone else is watching him, and this is all that is needed for an act of theatre to be engaged.
------ from THE EMPTY SPACE, by Peter Brook

「なにもない空間をすべて私は、はだかの舞台と呼ぼう。誰かがそこを歩く、それを誰かが見ている、これこそが、演劇が演劇となるに唯一必要なものなのだ。」
(ピーター・ブルック著『なにもない空間』より)

舞台となる空間
何かを演じるために出てくる人間(俳優)
それを観るためにそこにいる人間(観客)

この三つの「間」があれば、そこに演劇は成り立つというわけです。
この名言を記したピーター・ブルックというおじさんは、イギリスの大演出家。
これが発刊になったのは1968年ですが、以来「演劇」の言葉の意味は変わったのです。

彼の定義で考えると、ライブコンサートもやはり、演劇の中に含まれてきます。

いわゆる芝居でさえ、CDやDVDや記録されたものを楽しむことは既に演劇ではなく、映像鑑賞になります。

演劇学とは、すなわち、ライブパフォーマンス学であると言えましょう。

* 三輪えり花はイギリス系の教育を受けたので、英語標記はイギリス英語になります。
例:theatre, centre など。アメリカ英語標記はtheater, centerです。

* straight play と street theatre を混同しないように。
ストレートとストリートで、カタカナ一字違いですが、意味が違います。

------2007年4月15日21:00の記事加筆訂正

2014年2月16日日曜日

稽古で最低限必要なこと

稽古の仕方は、演出家によって様々なのですが、誰がなんと言おうとどうしても必要なこと、実際的なこと(テクニカル・マター)を考えてみましょう。

まず必要なのは、稽古をする場所です。
台本なんか要りません。
稽古しながら作っていく場合もあるのですから、台本はあとからでもいいのです。
14世紀から続くイタリアの喜劇様式コメディア・デラルテには、本番になっても台本はなく、「プロット」と呼ばれる筋書きだけを上演前に確認しあって、即興で舞台を進めたものです。
それでも、即興をどう進めるかの稽古はいつもしていました。
アクロバットや決闘の稽古も必要です。
そう、演劇を上演するために必要なのは、稽古できる場。

室内でもいいし、野外でもいい。

美内すずえの名作マンガ『ガラスの仮面』では、野外の公園を使って稽古する場面があったと記憶しています。
シェイクスピアの名作『夏の夜の夢』でも、アセンズの職人たちは「町から一マイルばかり離れた森の中の、公爵の柏の木のふもとの小ぢんまりした空き地で」稽古をします。「街なかじゃ、人目について、せっかくの計画がばれてしまうから」です。
しかし天候上の理由から、ほとんどの団体が、室内稽古を好みます。

室内での稽古は当然、広いほうが望ましい。
理想は、使用する舞台面と同じ広さがとれて、なおかつ、スタッフと出番待ちの俳優が座っていられる場所、俳優が着替えられる場所、舞台を出入りする小道具を置いておける場所、お茶場、の4点をカバーできるところが選ばれます。
ミュージカルのような、動きが主体になる作品ですと、舞台と同じ装置を稽古場で組む必要がありますから、高さも必要です。

アメリカ映画では、演劇やミュージカルの練習をしている場面では、劇場自体を使っていることが多々あります。
嘘だろ、と思いますが、うらやましいかな、自分たちが上演する劇場そのものを使って、どんどん装置を組んでしまって、そこで稽古していく団体もあるのです。
劇場の照明デザイナーや音響デザイナー、作曲家がその気になってくれれば、稽古の最中から彼らと、この場面でこんな効果をつかってみるから、それに合わせて動いてみようか、なんていう、「音響と照明と俳優のコラボ」的なことまでできるときもあります。

理想です。

さて、貧しいわが国では、稽古場では、効果音は演出助手が 声で 出します。

「雨降ってきまーす」「暗くなりまーす」(ト書きと演技のタイミングを合わせるとき)
「ガチャ」(ドアの開く音)
「ウィーン・・・」(機械が動く音)
「ドカーン」(爆発音)
「ブロローン」(車が発車する音)
「キキィーッ」(車が止まる音)
「パアーッン」(なぜか都会の音。ニューヨークの高層アパートの下の道路から聞えるクラクションのイメージか)
「カアカア」(夕方。なぜか和風。)
「ちゅんちゅん」(野外。あるいは窓を開けた瞬間など。なぜかスズメ。)

アナログ。
ほほえましいけど。
アナログ。

実際の音響録音が届くのは、通し稽古が始まってから、なんてことも。
できるだけ早く用意してくれるのが、良い音響さん。
本番1週間前頃からようやく、本番で音響卓を操作するオペレーターが稽古場に入って、演技とのタイミングを憶えていきながら、音を出してくれます。

照明や音響スタッフの話が出てきましたが、即興劇でない限り、この頃には台本が必要になってきます。
台本がなぜ必要かというと、打ち合わせに便利だからです。

たとえば、私は稽古場にいないことがない立場ですから、すべてを把握していますし、関わっている人間それぞれが自分の作業を誠実にこなしてくれるものと信じていますので、自分の台本に何かを書き入れることはほとんどありません。
台本も大抵、全員の台詞をそらんじてしまいますし、どこでどういう動きになるかも憶えてしまいます。
(次の作品に取り組むと忘れますけど。いいの、必要なときだけで。)
このように、一緒に稽古してきた相手同士なら、それぞれが自分の動きを知っていれば済むことですが、外部のスタッフにそれを伝えるには、統一された「こういうものをやります。タイミングはここです」を、同じフォーマットで伝える必要があります。
だから台本という統一フォーマットが必要になるのです。

稽古の話に戻りましょう。

舞台装置が決まっていれば、それを稽古場に持ってきます。
実際に舞台装置を入れられれば何の問題もありません。
しかし、そんな予算がないのが普通です。

そういう場合は、舞台装置の壁やドア、森の木が立っているところや、動ける範囲などを、ビニテ(ビニールテープ)で、区切っていきます。
階段の段数もきちんととり、ドアの開く方向などもビニテで矢印を書きながら、わかりやすく見えるようにしておきます。

その中で稽古しながら、物の場所や人の立ち位置がだいたい決まってくると、その地点をマーキングします。
これを「場見り」「バミリ」と言います。

「バミリはどこですか?」とか「そこ、バミっといて」なんて風に使います。

観客席からは見えにくいように、椅子やテーブルの後ろ足の舞台奥側に、舞台面と似たような色のカラーテープを貼ります。
稽古場にバミリをつけた図面。黒線部分に、物は置かずにガムテを貼る
立ち位置の場合はバツ印のバミリの上をどっちの足で踏むのかまたぐのか、俳優の癖と相談しながら貼ります。
場面によっていくつも位置が変わる場合は、カラーテープの色を変えたり、さらにテープの上に「○幕○場、ひじかけ椅子」と書いたりして、間違えないようにします。

俳優って、からだの角度や歩数と、グラスを持つ手はどっち?なんてことと一緒に台詞を憶えていくし、何歩目に相手の台詞を聞いていれば、ちょうど効果的な位置で振り返れるな、とかを計算しながら稽古するんです。
照明の照らし方にも大きく関わってくるし、バミリはものすごく重要です。

ことに、高さがあるのに、平面でしか稽古できないような場所では、演出家は口をすっぱくして、「そこは210cmの高さのところに立ってる台詞ですからね。手摺はこことここにつけておきます」とか「そこ、高さは90センチですけど、幅が70センチしかないので、走るとき、気をつけてくださいね」とか、言い続けることが大事です。
言っても、なかなか俳優は実感しにくいようですが、いざ舞台に行ったとき、「知らなかったよー」と彼らの不安を高めなくて済むように。
平面でのバミリだけの稽古でも、ある時点で、脚立などを使ってもいいですから、高さを実感させておくことをお勧めします。それだけでも、俳優はだいぶ覚悟とイメージができます。

それから、着替えの場所と舞台までの距離。
これも稽古中に確認しながら進めます。
楽屋に戻っている時間が見込めないときは、「早替え」ができるように舞台袖に鏡とライトを用意するよう、舞台監督チームが手配します。

観客からの視線も確認します。
劇場の客席が、上から覗き込み式なら問題はありませんが、舞台面より下に客席がある場合、テーブルや椅子の背もたれのせいで、奥に座っている人が見えなくなる危険があります。

物だけでなく、人の位置が別の登場人物を隠してしまうときもあります。
誰が確実に見えていなくてはならないか、誰をどの瞬間に見せなくてはならないか、観客席の両端の席からでも、必要なところが見えるか。
これを「見切れ」「ミキレ」の確認といいます。

「そこ、ミキレてます。」
「これじゃ、ミキレちゃうな。」
みたいに使います。

演出家は稽古場で中央に座っているだけではいけません。
客席を想定してミキレを確認していきます。

それから、衣装。
これで稽古するのは実はとっても大事なのです。
特に大事なのは、靴と襟元と裾。

男性はロングブーツなのか否か、詰襟なのか、ネクタイをしているのか、襟はゆるいかどうか。
一般の方でも、ネクタイをしているのか否かで雰囲気も気持ちもずいぶん違いますよね。
会社の新人のスーツが浮いて見えてしまうように、俳優も同様で、19世紀の貴族の襟元がきゅっとなった衣装のはずなのに、いつもTシャツで稽古していたのでは、いざ衣装を着たときに、借り物に身を押し込めているような感じになってしまいます。
女性も、18世紀ロココ調の広がったスカートなら、人と人との距離も違ってきます。

以上、稽古に必要なテクニカル(技術的に必要なこと)を挙げてみました。

稽古の進め方や方法については、演出家それぞれ、異なります。
いつか別トピックで。

------2007年3月19日の記事加筆訂正


2014年1月24日金曜日

いとしのビリー: ラジオ深夜便でも紹介した、私のシェイクスピア歴

ビリー

名前 ウィリアム
苗字 シェイクスピア
職業 詩人 劇作家 俳優 
嗜好    女たらし ゲイ

William Shakespeare

初めは食わず嫌いでした。
仰々しくて、古臭くてカビの生えた、「演劇」とかいう時代遅れの、西欧かぶれの知ったかぶりオタクの巣窟じゃん、と、よく知りもせず、先入観を持っていたのです。

大学時代は教養課程にシェイクスピアがいくつもあって、単位がとりやすそうなのをひとつ選んだら、
「マクロコスモスとミクロコスモスがどうとかこうとか、ハムレットではそれがどうとかこうとか、ルネサンスの精神がどうとかこうとか」
という程度はわかりましたが・・・カタカナの単語が耳に入ってきただけなんですね。

ロンドン大学の演劇科に留学しても、シェイクスピアの本家イギリスにありながら、フランスやドイツの大陸的実験・前衛劇に夢中で、シェイクスピアなんか見向きもしません、
でした。

ところが、どう間違ったか、帰国した私を拾ってくださったのが、シェイクスピアの翻訳劇で名高い劇団昴。
当時、昴ではちょうどシェイクスピアを上演するというので、私は好きでもないのに特別見学を「許され」、ほとんど無理矢理、ここで仕事したいなら見ときなさい的に稽古に座ることになったのです。

主役は、イギリスの名優を見慣れた私の眼にさえ、「うまいなー」と思わせる、とても魅力的な俳優で、彼の一挙手一投足が、すべて、オッケーに感じられました。

しかし、演出家は不満げに、いろいろ文句を出すのです。
もちろん、彼にだけじゃなくて、他の俳優にもですが、いったい、何をそんなに稽古する必要があるのか、ちっともわかりませんでした。

台詞、言えてんじゃん。
動き、わかってんじゃん。
何度練習しても新鮮味がなくなるだけじゃん。(← これこそ舞台人にとっての最大の敵。映像なら、良いカットだけを使うことができるし、ドッキリでリアルを狙うこともできる。繰り返しても新鮮であること、これが最難関なのです、と今、2014年になって、わかります)

そんなとき、文化庁がお金を出してくださるというので、再度イギリスへ渡ることになりました。
今度は王立演劇学校。

授業が始まるまでに時間があったので、イギリスの演出家組合Directors' Guild が主催する2週間の国際演出家ワークショップに参加しました。

泣く子も黙るような著名な演出家が、演劇界だけでなく、オペラやマイムの方面からもやってきて、舞台芸術として成立するあらゆる芸術に関して、公演や実技訓練をしてくれる。

中世のまま時が止まったかのような、初秋のケンブリッジ大学に皆で泊り込み。

演出法、演出家のマインドと義務、演劇芸術の社会的意義と義務、台本読解法、俳優訓練指導法、演技術、発声、ボディワーク、即興、リーダーシップ、美術や音楽とのコラボレーション、オペラ、実験、前衛・・・

夜は暖炉を囲んで、さらに演劇談。

なかに、
「シェイクスピアの喋り方『ハムレット』を使って。講師:ジョン・バートン」
というのがあり、劇団昴でのシェイクスピアのおかげで大きな疑問を抱えるようになっていた私は、それを受講してみることにしました。
というのは、表向きの発言で、本当は、イギリスで通用する日本人俳優になってやる、からには、シェイクスピア喋れないと。
というのが本音。
喋りたくて受講したのです。

行ってみると講師は大変なおじいちゃん、隣にいるのは、インド人らしき若い女性。

えーっと、『ハムレット』だよね、男だよね、イギリスの戯曲だよね。

おじいちゃん曰く、
「シェイクスピアは誰でも喋れる。あたしゃ、今一番シェイクスピアを喋れると思ってる人に、今日来てもらっただけじゃ。」

そして、ハムレットの長い独白(独り言)を使って、句読点や息継ぎで、どのように台詞が組み立てられていくかを、彼女に様々なやり方で台詞を喋らせながら、あざやかに解説し始めたのでした。

眼からウロコどころか、全身脱皮ですよ。

あとで知ったのだが、このおじいちゃん、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーきっての大演出家なのですね。

彼の解説の流暢で的確なことったら。
そして、このインド人女性俳優。
あれほど難解だと思われているハムレットの独白の数々が、この人の口から出てくると、こんがらがった糸が解けるように、すらりと頭に入ってくる。

考えるシェイクスピアではなくて、聞いて楽しむシェイクスピア。

リズム、
単語の繰り返しによる音の遊び、
フレーズが波のようにイメージを運んでくる流れ、
言葉によって次々に開く思考回路のウィンドウ・・・

まるで映画のような立体迷路。
美しくて神秘に満ちて、そして人に寄り添う暖かさ。

シェイクスピア・・・神の子。
ウィリアム・・・奇跡の人。
ビリー・・・マイアイコン。

この90分の講義の後、私にとってシェイクスピアは古臭いカビの生えた西欧オタクのグラビアから、一足飛びに、いとしのビリーになったのでした。

というわけで、今後いろいろ、ビリーの楽しみ方について、私の脳みそを展開していきます。

……2007年3月3日の記事を加筆訂正。

2014年1月22日水曜日

作品選び

芝居やりたい!
と誰かが思うところから作品選びが始まる。

誰がそう思うかで、道は異なる。

俳優なら作品より先に仲間を集めるかもしれない。

プロデューサーなら先に主演俳優をハントするかもしれない。
演出家を確保するかもしれない。
作家にあてがあるかもしれない。

いずれにせよ、WHEN,WHERE,WHO,WHAT,いつ、どこで、誰が、何を、を決めて初めて作品づくりはGOになる。

私の場合、演出を引き受けるからには時期WHENはクリアしている。
で、私は空間に触発されるので、上演場所WHEREをまず決める。

例えば私が劇団昴にいた頃、今は無き三百人劇場での公演を請け負ったとすると、その劇場を客席から舞台、舞台袖、とくまなく歩いてみる。
俳優の気持ちになり、観客の目線になり、自分の作ろうとしている作品の規模と予算も念頭に置きながら。

三百人劇場は、奥行きはないが間口は広かった。
袖が狭いので大掛りな引き出し装置は無理だがタッパ(天井)が高いので吊りものはOK。
ここでなら、こんな作品が面白そう、という漠然としたイメージができあがる。

劇場だけでなく、劇団の作品だから、劇団を支えてきた理念と、それについてきた観客の期待もある。
それを落胆させずに尚且新しい客層にアピールできる戯曲は?

加えて、当時の劇団での私の使命は「海外の新作を探せ」

ネットで劇評をチェックして、自分の想像力を刺激するものが網にかかったら、芝居の規模や出演人数、昴の俳優なら誰を起用したいか等の、あたりをつける。

それから、自分の前作との差別化や、劇団の年間の上演作品とのバランスで、これはいけそうだと思えるものに絞る。
そしたら、プロデューサーを説得するために、その作品がどれほどメリットがあるかを、経済的・芸術的にアピールする文章をひたすら構築するわけです。

そして採用された作品が
イギリスのサスペンス『スィートパニック』
イギリスの心理劇『フィリップの理由』
オーストラリアの喜劇『花嫁付添い人の秘密』
アイルランドの感動家族物『ドリー・ウェストのキッチン』

一方、劇場が決まっていない場合、元々、劇的な非日常空間の好きな私は劇場ではない場所を探しだす。

洋館借りきってみたいな。
  (と言って17世紀イタリア喜劇『友達と恋人と』)
プチホテルのボールルームがありますよ。  
  (と言われて18世紀イギリス喜劇『目的のために手段を選ばず』)
能楽堂もいいな。
  (と言って中世喜劇『ミンナ』)
冬ならライトアップの美しい教会堂がいいな。
  (と言って青山の教会で音楽劇『幸福な王子』『身も心も捧げた友』)
とうしてもイスラムのモスクがいいの。
  (と押し通されて音楽劇『つづきゆくものがたり』)
夏なら野外がいいな。
  とこれはまだ実現していないけれど。

最終的には、言い出しっぺと、大蔵大臣との意見が合致して、すべてがGOになるのです。

そして漸く、現実問題としての、俳優とスタッフの確保が始まり、実際の作品づくりへと動きだす。

翻訳劇の場合は、私は翻訳も担当しますから、さらに仕事が増えます。

-----2007年2月22日23:30記述。加筆訂正あり。

2014年1月20日月曜日

舞台作りの流れ

作品がお客様の前に出るまでの流れを概観します。

作品・人員・場所等決定
→稽古・道具や衣裳や音楽準備
→舞台稽古
→上演
というのが大まかな流れです。


作品決定:上演の一年半前あたりが平均的。
小さなものなら四ヶ月前という短期間も可能ですが、ミュージカルの様に大きくなると二年や三年前なんてことも。

人員決定:演出意図に従って俳優とスタッフを決めます。
スケジュール調整が主ですが、内情はMONEY!(T.T)

場所決定:ひとくちに劇場と言っても千差万別。
劇場の演技空間acting areaに合わせ、稽古場も確保。
しかし内情はMONEY!

稽古開始前に:
舞台装置や衣裳デザインを決めます。
実験的な作品や、ワークショップで作り出す作品の場合には、稽古しながら考えていくやりかたも。
しかし内情はMONEY!

台本はカットや直しを整えて、稽古初日までに俳優が十分勉強できるよう、余裕をもって発送します。
そのときに稽古予定も一緒に渡してしまいます。
歌や踊りがあるなら、それらをできるだけ早くに準備しておき、演じ手は、読み稽古よりも早くにその稽古に入ります。

稽古rehearsal:
稽古初日に全参加人員が集い、顔合わせをします。
演出プランの発表と共に装置と衣裳も発表します。
そして通し読みをして、互いの現状を把握し、さて、そこから演出でどう変わるかはお楽しみ。
稽古期間は普通の台詞劇で約5~6週間。
場面ごとの稽古をしばらく続け、徐々に繋げて流れを作っていきます。
後半では衣裳合わせもあります。

初日の数日前に「小屋入り」と言って、劇場に移動します。
舞台に装置を建て込み、照明や音響機材をセット。

それからテクニカル・リハーサルTechnical Rehearsal
これは、照明や音響と俳優の動きとのバランスやタイミングを合わせていくものです。
衣裳やメイクもチェック。
真っ暗な瞬間があっても安全に動けるかとか、楽屋から着替えが間に合うか、なんてこともチェック。

そして最後にドレス・リハーサルDress Rehearsal
衣裳・メイクすべて着けて全く本番通りに上演してみるのです。

ドレス・リハーサルと言う言葉は英語圏の言い方で、わりと最近使われ始めた様です。
私は英語圏仕込なので普通に使っていますが、一般にはドイツ・ロシア圏の「ゲネラル・プロデュクシオンGeneral Production」通称「ゲネプロ」が使われています。

このとき、映画のプレビューの様に観客を入れる場合もあります。
イギリスの国立劇場ではドレス・リハーサルが一週間ほども設定されていて、学生や職安通いの人々や高齢者に格安で公開することも。
彼等の反応を見ながら最終的に笑いや盛り上がりを初日に向けて調整していくのです。
記者や批評家が来るのはもちろん初日。
うらやましいシステムです。
当然、初日の質は高くなければいけません。

こうしてお客様には高い対価を支払っていただく、ことになってしまうわけです。
だから、質を高く、質を高く、質を高く!

------2007年2月14日18:30記述 加筆訂正あり

演出家という職業に必要なこと

私という人間は社会性が皆無でした。
今でも皆無だ!と言われますが、今以上にとことん皆無だったのです。
それがどうして、かなりの社会性を必要とする、演出家という職業について、かろうじてなんとかやっているのか。。。皆目見当がつきません。

もっとも、社会性の無い人間が、社会を映す鏡である演劇を眺めるわけですから、かえって客観的になって良いのかもしれません。
が、稽古場という現実の人間関係対応は今でも大変気を使います。気を使いすぎてパワーを失うこともあります。

が、大事なのは私の人間関係ではなく、お客様になにを伝えるかです。

戯曲(お芝居の台本になる本)を演出するにはとてもたくさんのことをこなさなくてはいけません。

その作品をどんな絵で見せたいかとか
その作品からどんな音が聞こえてきたいかとか

空想の引金は様々ですし、いろいろ思いつく順序は演出家によって違いますが、少なくとも、人が何かをしている絵の連続で、観客の心を動かさなくてはならぬという大命題は同じです。

すると、絵や音という問題以前に、どんな人物を描写するのかが一番大事になります。

そこで必要なのが人間観察。
そして彼らの生きている社会の考察。

とくに道徳と常識。
なぜならドラマの主役たちはほとんどが不道徳と非常識に関わるからです。
私がよく参考にするのは、いはゆる文豪と呼ばれる作家の作品。
明治のものもロシアのものも、心理描写と社会・生活描写が、知らない世界を教えてくれます。

このようにして、その戯曲の内面と背景を勉強して、さてどんな絵で見せようかという段になります。

時代設定をそのまま使うのか、エッセンスを取り出して象徴や抽象で展開するのか…

一般に、演出家のセンスやスタイルが最もわかりやすく人目につくのが、ここです。

が、それが頭の中にある段階までなら社会性がなくても、勉強熱心で、創作意欲と想像力があれば、大丈夫。

問題はそのあと。
これを具現化する段階です。
プロデューサーとスタッフ、俳優、といった、自分とはものの見方の異なる人達を説得しなくてはなりません。

ことに名作古典となると、それぞれが「こうあれかし」というイメージをかなり強く持っているので、刷りあわせはなかなか大変です。

腹を立てず相手を立てて、自分のイメージを上演する意義と根拠を根気よく伝えていかねばなりません。

落ち込まず、疲れを見せず、来るのが楽しいと皆が思える稽古場を作ります。

言うは安し。
10円ハゲができます。

「休みの時は何してるの?」
よく聞かれますが、稽古がなくても休みではなく、次の作品探しや翻訳、執筆が待っている演出家は多いでしょう。
遊びに行っても、場所の内装や照明や、自然の中でも木もれ日やらが全て、作品作りのための情報としてインプットされていきます。
ですから演出家としての活動は絶え間なく続くのですね。
遊びも仕事というわけです。

もっとも仕事が遊びなんですから文句は言えません。

演出家の脳みそは、こんなふうに、いつもアンテナを360度に張り巡らせて、
情報受信
→情報解析
→情報分類
→アクセス
→忍耐と笑顔を付加して利用
という具合いに活動しているのです。

きっとこれは演出家やクリエーターだけでなく、優秀なビジネスマンも、同じではないかと思います。

------2007年2月12日記述 加筆訂正あり

三輪えり花の脳みそ紹介

2007年2月に始めた、「三輪えり花の脳みそ」というブログをいま見直しています。
その時以来、知識が増えたり、演出や藝術についての考えが変化していることもありますので、加筆訂正の上、再掲いたします。

<2007年2月12日>
大学等で教えたり、ワークショップをやったり、あるいは、これまでの海外生活や、仕事関連などで三輪えり花の脳みそに保存されてきた、さまざまな雑学を、このへん(2007年2月)で少しずつ皆様と共有してみることにいたしました。

現時点で考えているテーマは1ダースちょっと。

1 シェイクスピアって?
2 チェーホフって?
3 モリエールって?
(以上、作家とその時代背景を解説します)
4 海外留学って?
5 イギリスって?
6 カナダって?
(以上、私の海外留学と働いた経験からあれやこれや。その国の演劇・アート事情について。)
7 演出って?
8 演技って?
9 自己表現って?
10 からだの使いかたって?
11 声の使いかたって?
(以上、演劇の実践に関して解説します。)
12 舞台藝術
(オペラやバレエ、ミュージカルやポップスも含めて、いろいろ雑記)
13 翻訳って?
(英→日、日→英の翻訳について)

おまけ 
美しく凛々しく
(上記8~11の項目プラス食生活とか、マナーなども)

更新は、暇なときにぽちぽちと、になるでしょうから、どうぞ、気長にお付き合いください。