2014年2月23日日曜日

演劇学ってなあに?

2007年から2013年度まで、実践女子大学で演劇学という講座を担当してきました。
ところで、演劇学って?
と私自身、疑問に思うので、演劇学について簡単に考察してみます。

演劇、という言葉からまず連想するのは、おそらく「芝居」だろうと思います。
しかし、演劇学 Theatre Studies では、もっと広い範囲の芸術をさします。

演劇という語の元になっている英語の Theatre には、劇場という意味が含まれます。
そのため、英語での演劇学 Theatre Studies は、劇場において演じられる芸術・芸能すべてを包括するわけです。

以下に、Theatre Studies がカバーする範囲の芸術を列挙してみましょう。

芝居 PLAY: いわゆる台詞劇 Straight Play 
ギリシャ劇・イプセン・チェーホフ・シェイクスピア・井上ひさし・坂手洋二等々、台詞が主体でストーリーが紡がれていくもの。

ミュージカル Musical Theatre: 
歌とダンスが娯楽の最大のポイントになっている、ストーリーのある劇。歌では裏声やオペラ的な歌声は極力避け、地声がメイン。

オペラ Opera:
オペラ用の発声で歌う歌を聴く・聴かせることが娯楽の最大のポイントになっている、ストーリーのある劇。
19世紀のグランド・オペラが最高峰となっているが、18世紀のモーツァルトものは根強い人気。新作は現代音楽や実験的なものが多い。 

ダンス Dance, Ballet:
踊りだけで、言葉を挟まないのが普通。
クラシカル・バレエはストーリー性が重視されるが、現代舞踊にはストーリー性の無いものも多い。
新国立劇場バレエ研修所では、三輪えり花は台詞のあるバレエを作らせて頂き、既存ジャンルが無いので、Theatrical Dance という新ジャンルを作りました。

能・狂言・歌舞伎 Noh, Kyogen, Kabuki:
一緒くたにしては申し訳ないが、日本の伝統芸能。
ポイントは、歌と踊りとストーリー性があること。

各地の伝統芸能 Folk Theatre:
各国各地の伝統芸能。人形劇やダンスだけのものも含む場合がある。

サーカス Circus:
円形の劇場で動物やアクロバットと共に観客を楽しませるイベント性の高い娯楽。全体を通してのストーリーは重要ではなく、一つ一つのアトラクションを見せる形式。

シアトリカル・コラボレーションTheatrical Collaboration:
音楽家や立体芸術家の主導で、戯曲というストーリーを持たずに、新しい形の芸術の融合を求めて、人間の声と肉体とを音楽やアートと絡めてライブで表現するコラボレーション。

大道芸 Street Theatre:
街中の道路や広場で、演じるアクロバットやジャグリング。
ストーリー性は無い場合が多い。

*******

ここで混乱します。

劇場ではないところで見せる大道芸が入ってきています。
オペラも混乱します。
オペラが演劇学に入るのなら、他の歌のある音楽はどうなの?

そこで演劇という概念を大きく変えた一文をご紹介します。

I can take any empty space and call it a bare stage.  A man walks across this empty space whilst someone else is watching him, and this is all that is needed for an act of theatre to be engaged.
------ from THE EMPTY SPACE, by Peter Brook

「なにもない空間をすべて私は、はだかの舞台と呼ぼう。誰かがそこを歩く、それを誰かが見ている、これこそが、演劇が演劇となるに唯一必要なものなのだ。」
(ピーター・ブルック著『なにもない空間』より)

舞台となる空間
何かを演じるために出てくる人間(俳優)
それを観るためにそこにいる人間(観客)

この三つの「間」があれば、そこに演劇は成り立つというわけです。
この名言を記したピーター・ブルックというおじさんは、イギリスの大演出家。
これが発刊になったのは1968年ですが、以来「演劇」の言葉の意味は変わったのです。

彼の定義で考えると、ライブコンサートもやはり、演劇の中に含まれてきます。

いわゆる芝居でさえ、CDやDVDや記録されたものを楽しむことは既に演劇ではなく、映像鑑賞になります。

演劇学とは、すなわち、ライブパフォーマンス学であると言えましょう。

* 三輪えり花はイギリス系の教育を受けたので、英語標記はイギリス英語になります。
例:theatre, centre など。アメリカ英語標記はtheater, centerです。

* straight play と street theatre を混同しないように。
ストレートとストリートで、カタカナ一字違いですが、意味が違います。

------2007年4月15日21:00の記事加筆訂正

2014年2月16日日曜日

稽古で最低限必要なこと

稽古の仕方は、演出家によって様々なのですが、誰がなんと言おうとどうしても必要なこと、実際的なこと(テクニカル・マター)を考えてみましょう。

まず必要なのは、稽古をする場所です。
台本なんか要りません。
稽古しながら作っていく場合もあるのですから、台本はあとからでもいいのです。
14世紀から続くイタリアの喜劇様式コメディア・デラルテには、本番になっても台本はなく、「プロット」と呼ばれる筋書きだけを上演前に確認しあって、即興で舞台を進めたものです。
それでも、即興をどう進めるかの稽古はいつもしていました。
アクロバットや決闘の稽古も必要です。
そう、演劇を上演するために必要なのは、稽古できる場。

室内でもいいし、野外でもいい。

美内すずえの名作マンガ『ガラスの仮面』では、野外の公園を使って稽古する場面があったと記憶しています。
シェイクスピアの名作『夏の夜の夢』でも、アセンズの職人たちは「町から一マイルばかり離れた森の中の、公爵の柏の木のふもとの小ぢんまりした空き地で」稽古をします。「街なかじゃ、人目について、せっかくの計画がばれてしまうから」です。
しかし天候上の理由から、ほとんどの団体が、室内稽古を好みます。

室内での稽古は当然、広いほうが望ましい。
理想は、使用する舞台面と同じ広さがとれて、なおかつ、スタッフと出番待ちの俳優が座っていられる場所、俳優が着替えられる場所、舞台を出入りする小道具を置いておける場所、お茶場、の4点をカバーできるところが選ばれます。
ミュージカルのような、動きが主体になる作品ですと、舞台と同じ装置を稽古場で組む必要がありますから、高さも必要です。

アメリカ映画では、演劇やミュージカルの練習をしている場面では、劇場自体を使っていることが多々あります。
嘘だろ、と思いますが、うらやましいかな、自分たちが上演する劇場そのものを使って、どんどん装置を組んでしまって、そこで稽古していく団体もあるのです。
劇場の照明デザイナーや音響デザイナー、作曲家がその気になってくれれば、稽古の最中から彼らと、この場面でこんな効果をつかってみるから、それに合わせて動いてみようか、なんていう、「音響と照明と俳優のコラボ」的なことまでできるときもあります。

理想です。

さて、貧しいわが国では、稽古場では、効果音は演出助手が 声で 出します。

「雨降ってきまーす」「暗くなりまーす」(ト書きと演技のタイミングを合わせるとき)
「ガチャ」(ドアの開く音)
「ウィーン・・・」(機械が動く音)
「ドカーン」(爆発音)
「ブロローン」(車が発車する音)
「キキィーッ」(車が止まる音)
「パアーッン」(なぜか都会の音。ニューヨークの高層アパートの下の道路から聞えるクラクションのイメージか)
「カアカア」(夕方。なぜか和風。)
「ちゅんちゅん」(野外。あるいは窓を開けた瞬間など。なぜかスズメ。)

アナログ。
ほほえましいけど。
アナログ。

実際の音響録音が届くのは、通し稽古が始まってから、なんてことも。
できるだけ早く用意してくれるのが、良い音響さん。
本番1週間前頃からようやく、本番で音響卓を操作するオペレーターが稽古場に入って、演技とのタイミングを憶えていきながら、音を出してくれます。

照明や音響スタッフの話が出てきましたが、即興劇でない限り、この頃には台本が必要になってきます。
台本がなぜ必要かというと、打ち合わせに便利だからです。

たとえば、私は稽古場にいないことがない立場ですから、すべてを把握していますし、関わっている人間それぞれが自分の作業を誠実にこなしてくれるものと信じていますので、自分の台本に何かを書き入れることはほとんどありません。
台本も大抵、全員の台詞をそらんじてしまいますし、どこでどういう動きになるかも憶えてしまいます。
(次の作品に取り組むと忘れますけど。いいの、必要なときだけで。)
このように、一緒に稽古してきた相手同士なら、それぞれが自分の動きを知っていれば済むことですが、外部のスタッフにそれを伝えるには、統一された「こういうものをやります。タイミングはここです」を、同じフォーマットで伝える必要があります。
だから台本という統一フォーマットが必要になるのです。

稽古の話に戻りましょう。

舞台装置が決まっていれば、それを稽古場に持ってきます。
実際に舞台装置を入れられれば何の問題もありません。
しかし、そんな予算がないのが普通です。

そういう場合は、舞台装置の壁やドア、森の木が立っているところや、動ける範囲などを、ビニテ(ビニールテープ)で、区切っていきます。
階段の段数もきちんととり、ドアの開く方向などもビニテで矢印を書きながら、わかりやすく見えるようにしておきます。

その中で稽古しながら、物の場所や人の立ち位置がだいたい決まってくると、その地点をマーキングします。
これを「場見り」「バミリ」と言います。

「バミリはどこですか?」とか「そこ、バミっといて」なんて風に使います。

観客席からは見えにくいように、椅子やテーブルの後ろ足の舞台奥側に、舞台面と似たような色のカラーテープを貼ります。
稽古場にバミリをつけた図面。黒線部分に、物は置かずにガムテを貼る
立ち位置の場合はバツ印のバミリの上をどっちの足で踏むのかまたぐのか、俳優の癖と相談しながら貼ります。
場面によっていくつも位置が変わる場合は、カラーテープの色を変えたり、さらにテープの上に「○幕○場、ひじかけ椅子」と書いたりして、間違えないようにします。

俳優って、からだの角度や歩数と、グラスを持つ手はどっち?なんてことと一緒に台詞を憶えていくし、何歩目に相手の台詞を聞いていれば、ちょうど効果的な位置で振り返れるな、とかを計算しながら稽古するんです。
照明の照らし方にも大きく関わってくるし、バミリはものすごく重要です。

ことに、高さがあるのに、平面でしか稽古できないような場所では、演出家は口をすっぱくして、「そこは210cmの高さのところに立ってる台詞ですからね。手摺はこことここにつけておきます」とか「そこ、高さは90センチですけど、幅が70センチしかないので、走るとき、気をつけてくださいね」とか、言い続けることが大事です。
言っても、なかなか俳優は実感しにくいようですが、いざ舞台に行ったとき、「知らなかったよー」と彼らの不安を高めなくて済むように。
平面でのバミリだけの稽古でも、ある時点で、脚立などを使ってもいいですから、高さを実感させておくことをお勧めします。それだけでも、俳優はだいぶ覚悟とイメージができます。

それから、着替えの場所と舞台までの距離。
これも稽古中に確認しながら進めます。
楽屋に戻っている時間が見込めないときは、「早替え」ができるように舞台袖に鏡とライトを用意するよう、舞台監督チームが手配します。

観客からの視線も確認します。
劇場の客席が、上から覗き込み式なら問題はありませんが、舞台面より下に客席がある場合、テーブルや椅子の背もたれのせいで、奥に座っている人が見えなくなる危険があります。

物だけでなく、人の位置が別の登場人物を隠してしまうときもあります。
誰が確実に見えていなくてはならないか、誰をどの瞬間に見せなくてはならないか、観客席の両端の席からでも、必要なところが見えるか。
これを「見切れ」「ミキレ」の確認といいます。

「そこ、ミキレてます。」
「これじゃ、ミキレちゃうな。」
みたいに使います。

演出家は稽古場で中央に座っているだけではいけません。
客席を想定してミキレを確認していきます。

それから、衣装。
これで稽古するのは実はとっても大事なのです。
特に大事なのは、靴と襟元と裾。

男性はロングブーツなのか否か、詰襟なのか、ネクタイをしているのか、襟はゆるいかどうか。
一般の方でも、ネクタイをしているのか否かで雰囲気も気持ちもずいぶん違いますよね。
会社の新人のスーツが浮いて見えてしまうように、俳優も同様で、19世紀の貴族の襟元がきゅっとなった衣装のはずなのに、いつもTシャツで稽古していたのでは、いざ衣装を着たときに、借り物に身を押し込めているような感じになってしまいます。
女性も、18世紀ロココ調の広がったスカートなら、人と人との距離も違ってきます。

以上、稽古に必要なテクニカル(技術的に必要なこと)を挙げてみました。

稽古の進め方や方法については、演出家それぞれ、異なります。
いつか別トピックで。

------2007年3月19日の記事加筆訂正